吉田酒造の誕生 | 現在の吉田酒造 | 白龍の由来 | 白龍の信念 | 白龍の夢
| 白龍の創業は、江戸時代の文化3年でした。 吉田酒造の始祖となる志比の庄浅見村の吉田忠左エ門が、1806年(文化3年)同じく志比の庄北島村で酒造りを営んでいた佐藤家から親戚という事で”白龍”を引継ぎ、酒造りの道を歩み始めました。 ただ、佐藤家がいつ頃から酒造りを行っていたか等は、今のところ定かではありません。 世は、江戸時代で最も華やかな時期として語り継がれている「文化文政期」この頃には、ほとんど今と同じ酒造法が確立し旨い酒ができるようになってきました。すなわち、高精白の麹米・掛米の使用、汲み水の増量等です。それも、江戸前期における幕府の寒造り集中策、それに伴う杜氏、蔵人制度の確立、新技法開発等があったからです。 |
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越前の国でも、北前船が往来し、交易が盛んに行われましたが、白龍は在所の志比の庄で売り捌きました。いわゆる地売りです。 この写真は江戸時代の米蔵ですが、現在は囲炉裏を作り皆で楽しくお酒を酌み交わす吉田酒造のもう一つの顔です。 創業以来 白龍が酒造りに用いてきた米と水は、もちろん、地元産です。 山紫水明の地・福井・九頭竜川のもたらす滋味ゆたかな、肥沃な大地、そこで採れる米と水が白龍の命なのは、今も昔も変わりません。 |
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▼杜氏は,岩手県花巻市出身 南部杜氏 千葉心一 平成2年から平成12年まで、白龍で杜氏を務める。 そして、平成22年3月11日の大震災で、宮城県の酒蔵で震災にあい、「次の酒蔵を探してくれ」と、言われて、再び弊社へ、杜氏となる。 酒造りに日曜日は、ない。 原料処理・温度管理が一番大事。 お客様に「また、あの蔵の酒がのみたい。って言ってもらえたら、杜氏冥利につきる」と。
▼蔵人の皆さんも上志比村や隣の勝山市から。 ほうきから物干しさお作り、電気系統の修理。針仕事。手先が器用で、たいへん丁寧な仕事ぶり。 さて、小説家であり、酒好きでも知られた福井ゆかりの故・開高健氏が残された言葉があります。 「本当に旨い酒かどうかは、酒をつがれた相手が黙って二杯目の盃を差し出すかを見ていればわかる。」 |
| 吉田酒造の蔵人全員が一丸となって、「米・水・杜氏・蔵人の技」旨い酒造りに欠かしてはならないことを、忠実にそして徹底的に守り抜き、一滴一滴、心の限りを尽くして、酒造りに邁進しております。 弊社は、遠くに霊峰“白山”を望み、 後ろには、福井県代表の九頭竜川。 もちろん仕込みに使う水は、白山麓より湧き出ずる伏流水。 暴れ川・九頭竜川の白く泡立つ激流を白い龍となぞらえた「白龍」。 |
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「ほんものの福井の地酒をつくる。」 |
| 米、水、技の三つに私たちの地酒に対する想い・愛情をエッセンスとして加えて |

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